政治家の資質 statesmanship 2003 5 10
政治家なら、「正しさとは何か」について、常に心に考えるであろう。
もし、それを考えない政治家がいるとしたら、それは素人の政治家であり、
国民の迷惑になるから、直ちに職を辞すべきであろう。
さて、政治家が、この正しさを考える時、
「正しき者は強くなければならない。」と考えるだろう。
こう考えるのは、正しい。
しかし、ここに落とし穴が常に潜んでいることを忘れてはならない。
歴史書を見て、英雄の最後を思い出してほしい。
日本には、織田信長という英雄がいた。
比類なき決断力と勇気で、
いや比類なきリーダーシップで、戦国の世を制した。
しかし、織田信長の最後は、あまりに悲しい展開であり、哀れでもあった。
正義の剣は、最高に切れる。
しかし、その剣を鞘に収めずして、いつも持ち歩いたらどうなるか。
いつ襲ってくるかもしれない敵に素早く戦えるが、
その剣は、敵も切れるが、自らも切ってしまうだろう。
鞘に入れない剣を持ち歩くことが、危険であることは、皆知っているだろう。
この鞘とは何か。
この鞘とは、礼節のことである。
西洋では、騎士道という。
日本では、武士道という。
この礼節なき者は、覇道に生きる者である。
覇道に生きた者が、どのような末路を嘆いたか、
それは、歴史書で確かめればよい。
正義の実現をすることは正しいが、
いつも正義の実現をしていることは、鞘に入れない剣を持ち歩くことに等しい。
常に礼節を持って行動する。
常に騎士道精神を持って生きる。
常に武士道精神を持って生きる。
これが真の勇者の歩く王道である。
しかし、自分が、王道の道を歩いているか、覇道の道を歩いているか。
これがわからない場合がある。
真の勇者は、どんなに苦しい戦いでも、平静心を失わない。
常に礼節を保っている。
心が乱れて、時に不安になったり、時に自信過剰になったりする。
これが覇道の道を歩く者の特徴である。
この時、声が聞こえる。
その声は悪魔の声と言う。
だからこそ、常に礼節を保ち、常に平静心があるかを確認しなければならない。